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青い梟の輪郭

感じたことを括り直すための内的な語りや対話です。

なぜ鳴くの

カラスの目を3秒以上見ると目をくり抜かれるらしい。

いつも同じカラスに同じ道で糞をかけられそうになるから説得しといてくれと中学生に頼まれたけど、目を見ずに話しかけてカラスは聞いてくれるだろうか。

 

カラスが段ボールか何かをスノボ代わりに屋根の上を滑ってる動画を観たことがある。

カラスは遊ぶ。

人間に糞をかけることも「遊び」なのかもしれない。

だとしたら殺されないだけましだ。

人間は「遊び」で他の生物を殺すことがある。

 

カラスは人間のことをどう思ってるんだろう。

糞をかけるカラスの隣で、別のカラスがこう言ってたりするのかもしれない。

「ねえ、可哀そうだからやめなよ」

糞をかけるカラスはこう言いかえしてたりするかもしれない。

「は?なんでお前、自分だけいい子ぶってんの?」

 

こんな人間臭い言い回しをカラスがするだろうか。

そもそも「遊び」ではないんだとしたら?

王蟲の言葉を借りるなら、カラスもまた個であり全であるとの見方も成り立つかもしれない。

だとすれば、糞をかけることは全体の総意か、あるいは、部分的なエラーか。

 

さらに見方を変えて、そのカラスと中学生は前世において何かしらの因縁があったとも言えるかもしれない。

怪我をさせるほどじゃないにしろ、糞をかけたくなる程度の、良くも悪くもフレンドリーな関係が。

 

 

人間にとってカラスは何をしているのか。

 

カラスにとって人間は何をしているのか。

 

 

答えはそれぞれの文化が用意するところだろうが、できることならカラスの言葉を聴いてみたい。 

 

説得するのでなく、相手の視点に立って話を聴こうとするのなら、目を見つめ合って相対する必要ってあんまりない。

隣に並んで同じ方向を見る方がいい。

仲良くしたいならなおさら。

目を見るとくり抜かれることは、光り物に反応するからとか諸説あるんだろうけど、

互いが生きる世界の違いが顕然化することにカラス自身が耐えられないからと考えることもできるんじゃないかと思う。

そんな目でこっちを見ないでくれって。

 

「おい、お前なにしてるんだ」って突き刺してくる目ってのは問答無用で怖い。

世間にはそういうやりとりを誇らしげに続ける人たちさえいたりするけど、その目がいかに怖ろしいものかを肌で感じられなくなったらもうおしまいな気がする。

いきなり説得するとか尋問するなんてのはそもそもおかしなことなんだと、カラスはそう教えてくれようとしてるのかもしれない。