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青い梟の輪郭

感じたことを括り直すための内的な語りや対話です。

FF15をプレイして

シリーズは6から13まで(11を除く)やってて、信者とまではいかないけど、好きは好きで、とても楽しみにしていた。

でも20時間ほどやってみて、これはおもしろくないと悟ってしまった。

RPGが好きな人間のひとりとして、行き場のないこの虚しい気持ちを、感想文として残しておくことにした。

 

 

グラフィックの美しさをリアリティと履き違えたら駄目だ。

名作と呼ばれるRPGはどれも、その世界に生きる人々の生々しい物語によって成り立ってる。

そこには、その世界だからこそ抱く葛藤や苦悩があり、その世界だからこそ選ぶことのできる解決策がある。

つまり、世界と人々は強く結びついてる。

ときにはプレイヤーが気安く入り込む余地がないほどに。

リアリティはそこにある、と思う。

 

もちろん現実と見紛うほどの美しいロケーションやそれらが織り成す広大な世界は、それはそれで素晴らしい。

ただ、それはテレビの前のプレイヤーにとっての都合で、その世界の中に生きる人々にとっては意味を成さない。

せめて「こんな素晴らしい世界があって、ここにはこんな素敵な人々がいて、こんなかけがえのない物語があるんです。これらを出来るだけ繊細に美しい媒体を通して知ってほしいんです」という理由があるならまだしも、

最初から画面の外のプレイヤーを満足させるための世界というものを作っている時点で、もう終わってる。

そんな作り方は何よりその世界そのものを馬鹿にしてる。

だからプレイヤー側の僕らとしても愛着も湧かないし、共感もできない。

製作者が愛していない世界を好きになれるわけがない。

 

ここ数年、プレイヤーに媚びた上っ面な作品が目立つような気がする。

80年代、90年代の硬派なゲームとはまったく違う。

あの頃のよきRPGは、ショボいグラフィックに狭い世界でも、ずっとその中にいたいと思わせる何かがあった。

プレイヤーを突き放すような不親切な態度を取られても、なんとかしてこの世界を理解したいとしがみつかせる何かがあった。

 

ところが今では、そういうゲームはほとんど見ない。

売り出されるのは、インスタントな爽快感を売りにした売れるためのゲームばかり。

いや、それどころか、売り逃げを前提にしてるゲームさえある。

信じたくないが、このゲームも売り逃げなのかもしれない。

 

これまでファイナルファンタジーが、所詮ゲームと言わせなかったのは、実際にゲームとしてそれを作ってなかったからじゃないかと思う。

どちらかと言えば、独特の世界と奥深い物語がまずあって、それを表現する媒体としてゲームが選ばれていた。

ゲームをゲームとして作るということを、RPGというジャンルは特にやるべきじゃないと、そんな気がしてならない。

 

FFをこんなんで終わらせちゃいけない。