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青い梟の輪郭

感じたことを括り直すための内的な語りや対話です。

【フィンランド滞在記7】 ディドリックの道

ディドリック夫妻とその子どもがイハラにやって来た。
ジョアキムとの二人暮らしが終わる(この1週間、インカと子ども達はスイミングスクールの合宿みたいなのに行ってて不在)。

 

僕とジョアキムが夕飯の準備をしていると、ディドリックはおもむろにピアノを弾き始めた。
それは、これまでに一度も聴いたことのないようなピアノだった。
優しく、暖かく、悲しく、冷たく、色彩豊かで、イハラを包む森そのもののようだった。
生まれて初めて、感動して涙が流れた。
何をどうしたらあんな音楽が奏でられるのか分からない。
ただ、彼がここでそれを弾くことは、森がそこにあることと同じぐらい自然な出来事に思えた。

 

翌日にあたる今日、ディドリックに誘われてブルーベリーを摘みに森に行ってきた。
ディドリックは気ままに森を進む。まるでムースのように。
僕はサイズの合ってない借りたトレッキングシューズと揉めながら、必死で後を追う。
苔でフカフカの地面を少し大きな靴で歩くのは少々しんどい。
それでも難なくブルーベリーを摘み終えた僕らは、さらに森を進み、丘の上に辿り着いた。
ジョアキムのお気に入りスポットとはまた異なる種類の絶景だった。

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この辺りで少しラズベリーを摘むからと、ディドリックはブルーベリーの入ったバケツを置いて、辺りをうろつき始める。僕は岩の上でぼーっと景色を眺めていた。
しばらくして気がつくと、ディドリックは案外遠くにいた。
ここで頼れるのは彼だけなので、少し不安になり慌ててディドリックのもとまで歩いた。
合流するや否や、置いてきたバケツ取ってきてくれないかと頼まれる。
まじか、それどこだよ、と思いつつも、オーケーと来た道を戻る。

探せども探せどもバケツは見つからない。

止むを得ず一旦ディドリックのところに戻ることにした。
しかし、彼は見当たらない。
少し焦る。
その次の瞬間、足元の倒木に引っかかって思いっきり転んだ。
痛めている右手小指のせいでうまく受け身をとれず、右足をひねり、顔と手のひらを枝で切り、岩で胸を打った。

最悪だ。怪我だけはしないでおこうと誓ったのに。
しかもディドリックとはぐれたかもしれない。
そう思って、森のど真ん中で泣きたくなった。
でも誰も助けちゃくれないので、怪我の深刻さを落ち着いて確認した。
そのとき森は静かだった。
木々は穏やかに呼吸し、草花は気の向くままに揺れ、空は澄み渡り、風はそよいでいた。
それらはディドリックのピアノと同じものだった。
身体の節々が痛み、すさまじくちっぽけな自分を文字通り痛感すると同時に、とても大きな何かに包まれているような不思議な感覚に満たされた。


森の静けさのおかげで、衝撃の割に怪我は深刻でない(むしろ帰ってきてから気付いた靴擦れが一番ひどいぐらい)ことを自覚することができ、その後、なんとかディドリックと合流した。
バケツ見つけられなかった、しかも転んじゃって、と謝りまくったら、
そんなに謝るな、もっと気楽にいけばいい、と彼は優しく言った。

そういえばこちらに来てから、自分でなんとかしなきゃとか、嫌われないようにしなきゃとか思い過ぎていたのかもしれない。
居候みたいなもんだし、迷惑かけちゃ申し訳ないし。
でも、もっと好きに生きてもいいのかもしれない。
イハラで生きる彼らのように。
そんなことを考えながら、森からイハラへと戻った。

 

帰ってきてからディドリックとセッションした。
彼がバイオリンを手にとっておもむろに弾き出した曲は、僕がバイオリンを始めて一番最初に覚えた曲「Inisheer(イニシア)」だった。
こちらに来てからこういう偶然にはすごく恵まれてる。
ジョアキムもユーゾもディドリックもインカも、彼らと僕はもともと知り合いだったんじゃないかと、たまに思うぐらい。
その後、シベリウスのアンダンテフェスティーボを合わせたり変奏したりして遊んだ。
フィンランド人のバイオリン弾きとシベリウスを合わせられるなんて夢のようだ。

 

ひと段落して、ジョアキムの庭仕事を手伝った。
色々楽しいんだけど1日が長い。
そう思い、時間が過ぎるのが遅いねと言ってみると、ジョアキムはこう言った。
「そうだな、そして、時は止まらない」
なるほど、ここでは白夜のせいもあって時が止まらない。
北欧の夏は短いけれど、とても色濃く、流れが遅い。
だからこそ、遠慮なんかせず好きに生きればいい。

止まらない時間はどのようにも区切られていない。
ここではむしろ、時間は自分で作っていくものなのかもしれない。