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青い梟の輪郭

感じたことを括り直すための内的な語りや対話です。

虚無との対話

事実なんてのは語る人の数だけある。 仮に神様から見れば同じひとつの現実も、人によってどう認識するかは様々だから。 色んな異なる事実があるに決まってる。 そのうちのどれかひとつだけが正しいなんてことあるわけがない。

なぜ鳴くの

カラスの目を3秒以上見ると目をくり抜かれるらしい。 いつも同じカラスに同じ道で糞をかけられそうになるから説得しといてくれと中学生に頼まれたけど、目を見ずに話しかけてカラスは聞いてくれるだろうか。

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』をプレイして思うこと

ゼルダの伝説の発売日は、夕方から泊まりで東京に行かねばならない日だった。 午前中に買いに行ってひとまず2時間ほどやった。

蛍と水

誰かと誰かが言葉のやりとりをしている光景に対して、「一対一で対話している」という表現だけが正しいということはない。 私の知るどのような声や言葉も誰かとのやりとりの中で私に根付いたものであって、環境から独立した私の中から突然に生まれてきたもの…

寝起きに散歩

皆がそれぞれに生み出した色んなものが、どのようなものであれみんなで共有して然るべきだという不動の前提がもしあったなら、作る過程を隠す必要も、作ったものを公開しようと努力する必要もなくなる。 最初からフルオープンな世界なら、何気なくごく当たり…

【カラマーゾフの兄弟に学ぶ ①】 「成長」なんてありえない。

今なお色褪せることのない、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』と、ドストエフスキー研究から独自の対話論を描き出したミハイル・バフチンの『ドストエフスキーの詩学』。勉強の一環として、両者への学びを踏まえた対話をしてみることにした。この対…

看板のない世界への一歩

スナフキンは看板を嫌う。 現実としての「意味」が固定されるのが嫌なんだろうと解釈できる。 たとえその「意味」が未来の生存を保障するものであったとしても。 「意味」は絶えず変化に晒されていて、未来はいつだって予測できない。 スナフキンが好むのは…

セールスとムーミンママ

先日、しつこい訪問販売の相手をした。 そのおじさんはなかなか本性を見せなかった。 豊富な定型文であたかも今ここで自ずと生まれてるような会話を装い続けた。 でも、お互い最後は結局、人だよ。

片付けてやる

ここのところ部屋の片付けしかやってない。 たまに片付けの美学を熱心に語る人がいるがまったく理解できない。 こんなこと仕方がないからやるだけで誇ることじゃない。 そもそも部屋なんて混沌としていた方がいい。 あってはならないものがある部屋なんて面…

括るということ(ベイトソンの認識論から考える)

【括る、輪郭を与える】 分割不可能な混沌から意味を切り取る。 例:私/あなた、これ/あれ/それ、人間/自然、食べられる/食べられない、 内/外、1年目/2年目/3年目、春/夏/秋/冬、(目/鼻/口/耳)/顔 (この定義は、G・ベイトソンの『精神…

「奥」の喪失

以下の文章は、10日前の親知らず(水平埋伏智歯)の抜歯について、 “前歯”の視点から描いたメタな物語です。つまり、抜歯4日後から謎の高熱や下痢に悩まされてつらかったけど、よく考えたらあれは身体全体の再構築プロセスだったのかもしれないという話で…